大正7年(1918年頃)、能登半島の北東に位置する宇出津の地で、祖父母が氷水屋として商いを始めました。 夏の暑い盛りに人々に涼を届けるそのしごとは、単なる商売ではなく、暮らしに寄り添うものでした。
時代が変わり、扱う品々は変わりました。しかし私たちが大切にしてきたことは変わりません。 「この土地に生きる人たちのそばに、いつもいる」ということ。
2025年7月、孫・小川勝則とひ孫・小川楽生が株式会社として継承したとき、 私たちが選んだテーマは「共暮らし」でした。 日々を営み、土地を継ぎ、人を迎える。 金丸商店のすべての事業は、この一言に収まります。
物語と共に受け継ぐ。それが、私たちの仕事です。
石川県能登町宇出津にて、祖父母が氷水屋として商いを始める。夏の盛りに人々へ涼を届ける仕事は、暮らしに寄り添う商いの原点となった。
時代とともに扱うものは変わりながら、宇出津の暮らしのそばに在り続ける。あばれ祭とともに時を刻み、土地の記憶を蓄えていく。
能登半島地震により甚大な被害を受ける。宇出津の町は傷ついたが、祭りも、暮らしも、事業も、続けることを選んだ。
孫・小川勝則と、ひ孫・小川楽生が金丸商店を株式会社として継承。「共暮らし」をテーマに、7つの事業として再出発する。
7団体と共に「能登アップサイクルプラットフォーム」事務局を開設。震災で生じた古材・解体材を再生する取り組みが始まる。
能登町宇出津は、能登半島の東端に位置する漁師町です。 古くから漁業と商業が交わる場所として栄え、人と人が顔の見える距離で暮らしてきました。
7月のあばれ祭は、この土地の中心にある祭りです。 神輿を荒々しく担ぎ、火に近づけ、海に沈める。 その激しさの中に、祓いと再生の意味がある。 金丸商店にとって、あばれ祭は暮らしの一部であり、 土地と自分たちがつながっていることを確かめる時間です。
2024年1月の能登半島地震は、この町に大きな傷を残しました。 それでも私たちは、ここで続けることを選んでいます。